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京焼の窯
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京都の焼き物ははじめ、どのような窯で作られていたのでしょうか。京窯が築かれ、京焼が作り始められるのは桃山時代からですが、残念ながら、いつ誰が、どのような焼き物を作っていたかはわかっていません。ただ室町時代の末頃から、東山山麓の清水、音羽周辺で、粗陶を焼いていた素朴な窯があり、そこが桃山時代になると京窯らしい構造を備えるようになっていったようです。桃山時代になると、信楽や瀬戸などから本格的な製陶技法が盛んに入ってきました。当時、陶工たちによって、先端の窯の知識ももたらされたようです。高火度の焼き物を作るには、それを焼成する窯が必要であり、素朴な窯では内部の温度が一定せず、良質の焼き物はわずかしかできません。
現在使われている京都の窯は、瀬戸の窯に似ていますが、「サマ」と呼ばれる火の吹き出し口の構造が、瀬戸は「縦ザマ」であるのに対し、京都は「横ザマ」の構造になっていて、異なっています。京窯によく似ているのは信楽の窯ですが、それもよくわかりません。ただ、瀬戸と信楽の両方の知識が入ってきて、だんだん京都の焼き物に適した窯になっていったようです。窯は製陶技術の中でいちばん大切な役目を果たします。窯の中は、なるべく均一で高い温度が得られ、少しでも多くの品物が平均的に焼ける経済的な窯になっていったことは、現在の窯の構造や工夫を考えても、容易に想像できます。
古いことわざに「一土・二窯・三細工」といわれ、焼き物づくりは、土の次に窯がきます。ロクロでの成形や釉薬の合わせ方なども難しいのですが、焼き物ではそれ以上に「火」という神秘なものを扱う窯が重要視されます。その頃の窯は残っておらず、想像するしかないのですが、残された焼き物を見ても、品質は高く、すっきりとしており、相当技術の高い登り窯が使用されていたようです。しかも、現在の登り窯と変わらないか、それ以上の完成度を持っていたのではないかと思われます。
良質の陶土を使い、細工の名人が成形し、その上にすばらしい絵付けがされても、最後の工程である窯で失敗すれば、それまでの苦心は水の泡です。そのため、現在でも火入れの時には窯に榊とお酒を供え、窯が荒れないように神に祈る習慣があります。おそらくこの風習は、桃山時代から続いていることと思われます。人間の知恵や技術では届かない領域が焼き物にはあり、その神秘性、希少性からも、より尊ばれてきたことと推測されます。
京都の焼き物に関する質問
- 京都のお土産について
- 2007-05-08 14:26:00
- 京都のおみやげについてアンケートしてます*大学の課題で京都のお土産についてしらべてます。できるだけたくさんの意見がほしいので協力おねがいします!!1:お歳は何十代ですか?2:京都のお土産に焼き物を買ってかえったことはあり
- 京都の窯元とお土産
- 2008-11-27 10:53:00
- 茶道を初めて数年。なんとなく焼き物に興味がわいてきました。近々京都へ行くので、おすすめの窯元を教えていただけたら嬉しいです。また、京都ならでは、京都しか買えないお土産がありましたら、そちらもお願いいたします。
- オーストラリアへの持ち込みについて
- 2006-09-25 12:42:00
- にオーストラリアへホームスティしに行くのですが、先日スティ先へのお土産にと、京都で焼き物のマグカップを購入しました。でも後から調べてみると土製品の持込は禁止されているとか…ということは焼き物は持って行っても捨てさせ